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2007年06月13日

性の研究の歴史

古代ローマの詩人オウィディウスが紀元前3年頃に著した『愛の技術 (Ars Amatoria)』を始め、ヴァーツヤーヤナ(年代不詳)が著したとされるインドにおける性の教典である『カーマ・スートラ』(1世紀から6世紀頃)、16世紀のアラビアにおいてマホメッド・エル・ネフザウィが著した『匂える園』等、古来から性的行為のマニュアルは多数存在する。

しかしながら、これらはいずれも、経験的に蓄積された性の技術知識の雑然とした集積であり、また文学でもあった。

当然、科学的または医学的研究の主題として「性」を扱ったものではなかった。

性的行為や性関係をめぐっては、社会共同体の構成原理やその機構とも密接に関連するため、様々な社会的規範や道徳的な基準が存在して来た。性をめぐる禁忌は多く、「正常な性的行為・性関係」が社会的・文化的規定される他方、人間の性の実際のありようについて、これを公的に言及することが避けられる傾向も多くの社会には存在した。

20世紀に入り、西欧においては、従来キリスト教的な宗教的道徳的視点から、異常行為・犯罪ともされていた「同性愛」が、犯罪ではなく、異常でもないという意見が、性の研究者たちによって主張された。

また、フェミニズム運動やジェンダーの問題も提起され、「正常な性」だけを科学の対象とするのではなく、周縁の抑圧され否定されて来た性の現象も「性の科学」において扱うべきであるとの潮流が出現した。

このような流れにおいて、20世紀における「性の科学」運動以前で、最も初期の科学的な性の研究者は、リヒャルト・フォン・クラフトエビングである。

彼はその著書『性的精神病理 (Psychopathia Sexualis)』において、性倒錯の系統的類型記述を初めて行い、また同性愛等についての実証的研究を行った。

19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、ジークムント・フロイトが精神分析の理論を提唱した。フロイトの理論は、人間の心理と行動は、無意識におけるリビドー(性的エネルギー)によって規定されるとしたため、精神分析学は、人間の性の現象や性行動を解明できる理論であると期待されたが、理論は科学的とは言い難かった。

1919年、人間の性の現象を総合的に研究しようと企図して、マグヌス・ヒルシュフェルトは、「性の学 (Sexualwissenschaft)」を提唱し、ベルリンに「性学研究所 (Institut fur Sexualwissenschaft)」を設立した。

しかし1933年5月6日、政権を掌握したナチスによってこの研究所は破壊され、蔵書も燃やされた。

1947年、アルフレッド・キンゼイはインディアナ大学ブルーミントン校に Institute for Sex Research を設立した。この研究所は現在では、「 Kinsey Institute for Research in Sex, Gender and Reproduction(性、ジェンダー、生殖に関するキンゼイ研究所)」と呼ばれており、人間の性、ジェンダー、および生殖の分野における学際的な研究を行い、性に関する研究の促進を目的とする。

「キンゼー研究所( Kinsey Institute )」と略される。

キンゼイの統計的手法による社会学的調査と研究は、多数の実証的成果を挙げ、性に関する多様な事実知見を公にした。

人間の性関係や性のありようを、「正常な性」に限局しようとする従来の医学や心理学に対し、人間の生の現象の多様性を事実として科学的に認め研究しようとする方向が確立したとも言える。

「性科学」もまた、このような趨勢に応じて、学際的な知見を元に、多様な性の現象に対応することを目指している。
posted by ちびママ at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 性についての知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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